2023/02/06
受けつがれる「思い」とは「よき時を思う」
これまで6000冊以上の本を読んで記録してきた。
これまでずっと読みつづけている作家は何人かいるが、この方もそのひとり。久しぶりに新刊が出たので、さっそく読んでみた。
29歳の綾乃は、90歳になる祖母の徳子から赤銅色の端渓の硯を譲られる。16歳で最初の結婚をした徳子は結婚後わずか2週間ほどで出征した夫を失い、教師となったあと綾乃の祖父と再婚した。逸品の硯ばかりでなく、来歴を持つさまざまな品物を孫たちに譲り始めた祖母は、90歳の記念に、かつての教え子である一流フランスシェフの手による家族のための豪華な晩餐会を開く。
物語の底に流れるテーマはおそらく「受けつぐ」ということ。それは「モノ」ではなく「思い」。来歴は「物語」であり、人が何者かであるかを示すもの。人によって意味を与えられるものだ。本書の中で、ある「思い」を持って家族のために徳子が開いた豪華絢爛な晩餐会は、人の晩年の仕事としては最高のものではないだろうか。そして、「思い」を受けつぐのは何も血縁だけとは限らない。誰かがそこに注いだ「思い」は、きっと次につながっていくと信じたい。